スマートフォンの形を模した石灰石を用いて制作された彫刻『Watching #candle』には、キャンドルの炎の写真が表示されている。
キャンドルは暗闇を照らすだけでなく、誕生日や瞑想、祈りにも使われ、炎のゆらめきは私たちに、生命の象徴と永遠への希望を投影する。溶けゆくキャンドルは、時に涙がこぼれ落ちるようにも見える。キャンドルの炎を見つめる時間は、内面の癒しの時間とも言える。
同時にこの作品は、メディアの歴史とのつながりを示唆する。
「ビデオアートの父」ナム・ジュン・パイク(1932-2006)は、1960年代から2000年代にかけて「TVキャンドル」と呼ばれる、ヴィンテージテレビの筐体の中に一本のロウソクを灯した作品を数多く制作発表した。
「光は人類の文明の始まりを表す。パイクはかつて言った、光は情報の一部である、と。この作品で彼は、テレビを新しいタイプの文明の始まりと考えた。」(*1 Nam June Paik "Candle TV"に関するテキストより引用)
1984年の元旦には、パリとニューヨークを結ぶ初めての国際的な衛星中継を使ったアートイベント『Good Morning, Mr. Orwell』(*2)を主催。このイベントのタイトルは、イギリスの小説家ジョージ・オーウェルの有名なディストピア・サイエンス小説「1984年」への呼応であり、未来のメディアの影響の予言でもあった。この年は、Apple社から初のMacintoshコンピュータ「Macintosh 128K」が発売された年でもある。(*3)
オーウェルの『1984年』は、広島と長崎での原爆投下からわずか4年後の1949年に出版された。この小説に出てくる「テレスクリーン」は、テレビ、カメラ、マイクなどのデバイスがすべて統合されたものであり、まさに今日のスマートフォンのようなものと言える。
新津がこの作品を制作していた2018年から2019年、イエローベスト運動の暴徒化したデモ隊が、街中で火を放ち、商店やレストラン、自動車などが燃やされた。そして現場からの映像が、スマートフォンを使ってSNSサイトなどで数多くリアルタイム中継された。 個人でさえも世界中からアクセス可能な生の中継映像が可能となったことで、異なる視点による出来事の共有が行われていることに、新津は特に関心を持った。
新津は、パイクの先鋭的でポジティブな未来な視点へオマージュを捧げ、彼のコンセプトを拡張する。 パイクのテレビの代わりに、新津は石灰石で出来たスマートフォンに、ライブストリーミングのスクリーンを模して、キャンドルの炎の映像に1900人がアクセスし、84人が「いいね!」ボタンを押しているように表示。この炎は、さまざまな解釈を可能とするビジュアルとなっている。
この石は、石版印刷に使われる石灰岩の採石場として知られるドイツのソルンホーフェン地方で採石され、石には化石が含まれており、これはいわば人類以前の地球上の生活を見せるメディアともいえる。
石版印刷の発明により、大規模なカラー印刷が可能になった。この技術は、現在のオフセット印刷の基礎となっているほか、パソコンやスマートフォンに使われる半導体マイクロチップの分野にも採用されている。
今日、私たちはスマートフォンで撮影し、瞬間的にイメージを共有する。テクノロジーの変化するスピードは、ますます速くなっている。しかし、この石灰石で出来たスマートフォンを仔細にみつめれば、地球上の、生と死の、長いスケールの視野を得ることができる。
1億4500万年前から今日まで、このスマートフォンはイメージの複製の歴史と、ビジュアルコミュニケーションを提示し、同時に時間の概念、人と自然の関係性、メディアやテクノロジーの歴史、未来の私たちのビジョンについて、自然の素材を通じて、瞑想的な方法で考えるようにみるものを誘(いざな)う。そして同時に、今日の時代の証言でもある。*
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