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Mirror #Narcisse

Narcisse
Narcisse
Mirror #Narcisse [Ukiyo-e] (Image of the floating world)、2021年
ミクストメディア・インスタレーション:ゾルンホーフェンとアイヒシュテット(ドイツ、バイエルン州)の石版石、化石、造花(パステル、アクリル、発泡紙、針金)、LEDネオン、鏡、プレキシガラス、アクリル、MDFパネル、ガラスボックス

石のサイズ: 7 x 13.3 x 0.9 cm (5.7 x 2.95 x 0.35 in)
ガラスの箱: L20 x L40 x H40 cm (7.8 x 15.7 x 15.7 in)
「Le Théâtre des Expositions "Répliques Japonisme"」の展示風景。
2021年12月9日~2022年1月8日、パリ国立高等美術学校 パレ・デ・ボザール
写真撮影 © Adoka Niitsu

Narcisse
Narcisse
Kunisada
Narcisse

(左から)
Mirror # Narcisse [影] / Mirror # Narcisse [反射] / Mirror # Narcisse [光]
箱のサイズ:23.5 x 17.0 x 8.0 cm (9.25 x 6.69 x 3.14 inch)、2021年

パリ国立高等美術学校 パレ・デ・ボザールで開催された展覧会「Le Théâtre des Expositions / Répliques Japonisme」に、初代国貞(1786-1865)の浮世絵木版画《今風化粧鏡》とともに展示。
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《Répliques》

演劇的な意味での《Répliques》(呼応:劇中の台詞の応答、また複製、コピーの意)は、同時に流用であり、更新であり、反撃でもある。7人の招待作家が《Répliques》で遊び、ボザールコレクションの日本の名作に現代的に反応し、学校が劇場の舞台となるジャポニスムの歴史に様々な刺激を加える。

パリ国立高等美術学校ボザールのThe Tronquois collectionから選ばれた24点の浮世絵や折本に呼応して、Laury Denoyes, Morgane Ely, Alice Narcy, Adoka Niitsu, Mariia Silchenko, Lucile Soussan そして Alžbětka Wolfová が現代美術作品を展示。

Clélia Zernik(パリボザール教授)とAnne-Marie Garcia(キュレーター、ボザールコレクション担当)のアイデアを基に、Rym Ferroukhi、Pétronille Mallié、Soukaïna Jamaiが展覧会空間演出を、Alice Narcyがキュレーター・イン・レジデンスとして参画。

コレクションからの日本の名作:
葛飾北斎、歌川広重、初代国貞、江川留吉

Narcisse
「或る霜の朝 水仙の作り花を格子門の外より さし入れ置きし者の有けり」
樋口一葉「たけくらべ」


多謝 :
Noriko Mitsuhashi, Maki Toshima et Alice Narcy.
Laurent Lafont-Battesti(仏語翻訳チェック)

今風化粧鏡

浮世絵:技術とイメージの歴史

浮世絵は、メディアである。江戸の風俗を記録した「イメージ」は浮かび漂い、海を渡り、西洋美術の流れを変えた。フランスで活動する私にとって以前から、日本の浮世絵が複製芸術であるという特性についての作品を制作したいと考えていた。

浮世絵には、多種多様な主題がある。そのうちの一つに、鏡を覗く美人画がある。 中でも、初代国貞(1786-1865)による『今風化粧鏡』は、持ち手のついた柄鏡(えかがみ)を、まるで美人が表示された画面のように扱う画面構成が、とても面白く興味深い作品である。

江戸時代の女性は、庶民も化粧をするようになり、化粧文化が発達した。未婚か既婚、花魁や遊女かなど、身分によって髪型や化粧の決まり - 例えば、既婚女性は眉を剃り、お歯黒を塗る等 - のコードがあった。『今風化粧鏡』は、見事にその時代の化粧文化が描写され、10枚のシリーズの中には「仙女香」という当時人気のおしろいの広告まで入っていて、まさに現在のSNSのようなメディアである。

2021年、パリ国立高等美術学校(通称・ボザール)のコレクションと、ボザールの学生や教員の作品を呼応させる企画の展覧会に参加する機会を頂いたとき、データベースを調べると、この『今風化粧鏡』もコレクションにあることがわかった。

現代のスマートフォンを鏡のように使ってメイクをし、またフィルターをかけて、ソーシャルネットワークに複製イメージを拡散する「セルフィー文化」は、まさに『今風化粧鏡』である。鏡の中の江戸の女性たちと、今日の鏡・ミラーセルフィーを掛け合わせた作品として、構想を開始した。

ナルシス:アイデンティティとメディアテクノロジー

SNS上の自分の姿・セルフィーを、現実よりも重視する社会現象は、しばしばギリシャ神話のナルシスに例えられる。 球根に含まれる毒によるナルコ(麻痺)を意味するギリシャ語を語源に持つ花、ナルシス。心理学者ジークムント・フロイト(1856-1939)は、ギリシャ神話のナルシスに言及し、自己愛性障害を「ナルシシズム」と呼んだ。今日のソーシャルネットワークの海で私たちは、自分自身に恋焦がれ陶酔するのではなく、巨大な資本主義システムの中のテクノロジーのミラーに映し出される「作られたイメージ」に麻痺している。そして、Likeやシェアの数は、同じくギリシャ神話の“こだま”・エーコー(Echo)なのかもしれない。

水仙の造花:刹那の永遠
Narcisse
「或る霜の朝 水仙の作り花を 格子門の外より さし入れ置きし者の有けり」
- 樋口一葉(1872-1896)『たけくらべ』1893年

永遠の別れのシンボルに、樋口一葉は水仙の花を選んだ。

吉原遊郭の遊女の姉を持ち、いつか同じように芸者になる道が決められた14歳の少女・美登利と、お寺の息子・信如。吉原界隈で育った幼馴染同士の二人は、子供時代のように無邪気でい続けられるわけもなく、お互いを意識しながらも、完全に異なる道へと、決定された運命へと進んでいく。

浮世絵『今風化粧鏡』の一つ、黒い手鏡の中の髪を整える芸者の姿が、美登利が大人の髪型である「島田髪」に変えるシーンへと重なった。髪型を変えるということは、遊女になる準備が始まることを意味している。

冬の朝、美登利は格子門に水仙の造花をみつける。 「誰れの仕業と知るよし無けれど、美登利は何ゆゑとなく懐かしき思ひにて 違ひ棚の一輪ざしに入れて淋しく清き姿をめでけるが、聞くともなしに伝へ聞く其の明けの日は信如が何がしの学林に袖の色かへぬべき当日なりしとぞ。」

信如が僧侶の学校へ旅立った日だった、としか書かれない最後の情景描写は、読者に想像を委ねられるがゆえに、一層心を強く掴む。水仙の花は、誰が置いたのだろう?信如が美登里への別れの印として置いたのか。そうであって欲しい。そうに違いない。そして、すぐに枯れてしまう儚い生の花でなく、造花であることに込められた意味を想う。そこには、仏教の造花や、供花(くげ)、華道にも通じる「エフェメラルであるがゆえに、永遠不滅であってほしいと願う強い祈念」があらわれている。

「たけくらべ」の作者・樋口一葉は、社会の底辺にいる人々、特に明治の時代に入り、急激な社会変化の中で葛藤を強いられた女性を主題に選び、本人も貧困や差別の中、24歳の短命ながら、傑作を生み出した。

シルクロードを渡って日本にたどり着いた地中海原産の花・ナルシス→水仙は、頭を垂れ、雪の中でも咲くところが、純粋・健気・祈願の象徴として、闘病や震災復興のシンボルでもある。水仙のイメージは、古今東西において、さまざまな神話や逸話が絡まり合って、「無限鏡」の中でリフレクションし続けている。

ナルシスの変容

もう一つのバージョン「Mirror #Narcisse [liked by echo]」は、2022年に開催された「1900年創立女子美術大学:日本における女子高等美術教育の歴史」展のために制作され、ヴェネツィアのパラッツォ・ベンボ(Ecc-Italy)で展示された。新津の母校である女子美術大学は、女性が美術大学に進学できなかった時代に、女性の自立を支援することを使命として設立された。かつては造花学科があった。また、女子美の校章は自己を「鑑みる(かんがみる)」三種の神器の一つ、八咫鏡がモチーフになっている。